メキシコ東部ヌエボレオン州の東シエラマドレ山脈における山麓開発と砂防

Anthropogenically Modified Mountains and the Necessity of Erosion Control in the Sierra Madre Oriental

at San Pedro G. G. in the vicinity of Monterrey, Nuevo Leon, Mexico

 

九州大学 農学研究院 森林保全学 久保田 哲也 Tetsuya Kubota

 

1.はじめに

  進出企業関係者を除けば、我が国ではあまり知られていない地域ではあるが、アメリカのテキサス州に隣接するメキシコ東部ヌエボレオン州(Estado de Nuevo Leon)は、産業が盛んで、中南米で最も裕福な地域のひとつである。特に州都モンテレイ市近郊地域(人口約4百万)では、治安・衛生など社会情勢が日本と同等程度と極めて良好のみならず、電力・道路・空港・鉄道など社会基盤整備も進んでおり、家電メーカーをはじめ日本その他の外国企業の進出も多数にのぼる。また、テキサスのダラス方面から続く大平原地帯の南西縁を構成する東シエラマドレ山脈(La Sierra Madre Oriental:最高峰3713 m)を自然環境として持つ州でもある。このモンテレイ市(Monterrey、北緯約2552分、西経約10014分、標高約440m)は、後述のように褶曲を伴う強い変成を受けた東シエラマドレ山脈の山麓に広がる街でもあり、ハリケーン来襲時の豪雨により大洪水と土砂災害の経歴のある地域でもある。このような決して安全とは言えない自然条件の下、高級住宅に対する旺盛な需要に裏付けされ、山脈の都市近郊山麓や丘陵斜面において種々の大規模宅地開発と観光開発が行われている。従って、開発の進展に伴う土砂災害の危険性が指摘されている。200312月上旬、上記モンテレイ市に隣接するサンペドロ・ガルサ・ガルシア市政府(San Pedro Garza Garcia、以後はサンペドロG.G.市と略記)の招きにより、東シエラマドレ山脈山麓における同市及びモンテレイ市域の山地開発と土砂災害危険度及び自然公園荒廃度調査(同市都市開発局環境部及び連邦政府天然環境資源省ヌエボレオン地方局の合同調査)に同行するとともに、モンテレイ大学における砂防・防災セミナーで日本の山地災害と砂防の研究・砂防技術に関して講演する機会を得たので、現地の状況などを報告する。

 

  

 

2.自然条件

 ヌエボレオン州北部は北米大陸南東に広がるメキシコ湾岸平野の一部を構成し、テキサスに連なる大平原地帯となっている。概ね土砂災害とは無縁な地勢と言える。この大平原の南西縁を成す東シエラマドレ山脈は長さ約600km・幅約80kmで、標高450m3240m、北緯253335分、西経1001824分の地帯は自然公園に指定されている(Vargas 1984)。

 山脈の地質構造は、中生代白亜紀の終わりから新生代第三紀はじめにかけてのララミッド変動(Revolución LaramídicaLaramide造山運動)の圧縮・褶曲・隆起により形成された。この造山運動はロッキー山脈形成にも関与するとされる大規模なもので、山体は大規模な褶曲構造と断層・破砕を伴う広域変成を受け、非常に脆いものとなっている。褶曲の背斜軸が山頂を、向斜軸が谷部を形成し、波状の山地を形作っている。岩質は、主に中生系(ジュラ紀と白亜紀)の石灰岩、緑色片岩、粘板岩、泥質岩などで構成されているが、山麓の一部では、その上に角礫岩などの堆積構造も見られる(Bremer 2003Vargas 1984)。

  山脈山頂周辺は、主として中生系石灰岩の岩盤(背斜軸)で構成され、勾配約60度〜75度の急崖となっている。その下方の斜面は概ね勾配35度から45度の崖と、それに続いて25度〜45度の急斜面及び、16度〜20度程度の比較的緩斜面から構成されている。

 このヌエボレオン州は、火山は有しない。また、大陸の地殻構造上から地震の可能性も極めて低いとされている(都城 1979Silva 2003)。

 気候は、亜熱帯高圧帯下の亜熱帯半乾燥地気候(年平均気温20.7℃)に属するが、年降水量は最近27年間の平均で391.5mmとなっている。9月の雨量が最も多く、2000年にはモンテレイで160.3mmが観測されている。また、ハリケーンが10年から15年に一度、カリブ海・メキシコ湾方面より来襲する。特に、19889月のハリケーン・ギルバート(Gilbert、最盛期で中心気圧885hpa程度、最大風速77m/s、瞬間最大風速90m/s以上とされる)はモンテレイ地域を直撃し、東シエラマドレ山地に大雨をもたらした。それにより、この山地を源流とし市内市街地を流れる「サンタ・カタリーナ川(Santa Catarina)」が、流出土砂により埋塞・氾濫した結果、200人に上る死者を出している。

 山脈の北東斜面はメキシコ湾からの湿った風が当たり、地形性降雨が生じるため、前述のように9月を中心に降雨量が多く、ウバメガシ類(encinos)や松類からなる森林が形成されている。逆に、風下となる南西斜面は半乾燥地状態となり、森林は形成されず、植生はサボテンと潅木類からなる。いずれの斜面にも、降水の多い時期の土砂流出や侵食が生じた荒廃渓流が存在する。

3.斜面開発状況

 先にも触れたように、大規模な宅地開発と住宅・観光用の道路開発が急崖斜面を含む山麓のいたるところで行われている。宅地開発は、主として勾配16度〜20度程度の斜面まで及んでいるが、セロ・デラ・コロナ(Cerro de la Corona地区など一部では35度から45度の急斜面にまで及んでいる。そのため、自然保護区を除いたチピンケ自然公園(Parque Chipinque)内の道路建設による森林・渓流の荒廃、宅地・道路の切土・盛土斜面の崩壊、道路・住宅地への土砂の流出、岩盤崩壊と落石などが目立っている。

 また、宅地開発により、流末が住宅地に隣接する小口径ヒューム管とそれに接続する狭い水路となっている荒廃渓流もあり、脆い地質に伴う渓岸崩壊が複数生じている現況を鑑みると、出水時には大変危険であると感じた。さらに、住宅用の上水道・浄水場の貯水タンクが渓流の中に設置され、流れを阻害している場所さえある。山脈の頂上付近と自然公園の一部を除けば、斜面及び渓流の大部分は法人または個人の所有地であり、州や市政府の開発規制には限度があるとのことである。驚いたことに渓流そのものが周辺の土地とともに売りに出されている場所もあった。従って、サンペドロG.G.市では市長のリーダーシップのもと、災害危険度を把握し、開発行為には十分な量と質の土砂災害対策(斜面対策と砂防施設)を義務付けようと努力している。

4.砂防の必要性と対策

 前述のような立地条件と開発状況であり、山麓至るところで渓岸崩壊及び渓流からの土砂の流出、のり面の崩壊・落石の問題が生じており、これらに対する対策として砂防の必要性が認識されている。また、土砂災害危険図(ハザードマップ)は天然環境資省によって試験的に作成されてはいるが、開発状況を加味して再検討し、具体的な対策と本格的にリンクさせる作業は、今後の課題となっている。以下に、特に早急な対策が待たれる渓流・斜面についての現地状況を述べる。

 

  

 

4.1 Cañada Mariposas

  源流部は東シエラマドレ山脈の3000m級山岳の絶壁・急崖であるが、むしろ中流(基盤岩は黒色泥岩)支渓からの土砂流出や観光用道路の切土・盛土のり面崩壊と土砂流出が著しく、これら支渓の侵食防止、道路のり面保護工や捨て土の安定化が問題となっている。支渓の侵食防止には蛇籠が用いられているが、出水時に破壊されていた。渓床材料は数10cm径の砂礫が多く、渓床勾配は支渓が13度、本渓流で1213度であり、この部分の渓床堆積物が土石流化する可能性は大きくないと思われた。また、この上流部では、勾配40度・高さ約6mの道路盛土(捨土)が原因で、勾配3538度・深さ約0.61.0m・長さ約100mにわたる斜面崩壊が生じ、勾配が約29度もある渓床を天然ダム状(高さ約4m幅約10m)に塞いでいる箇所があり、極めて危険な状況と判断した。下流にごく小規模な床固工が施工されているのみであり、天然ダム状の不安定土砂排除や堰堤工事、道路通行規制(基準雨量)の検討など必要な対策の実行を関係者に提言した。

4.2 Cañada Vivero

 上流は山脈の絶壁・急崖であるが、最近の航空写真から判断すると、この流域に近年における大規模な崩壊拡大など著しい荒廃状況は見られない。しかし、中流〜下流にかけて渓岸崩壊も生じており、渓床には堆積勾配45度で高さ約2m5m長さ110m程度の不安定土砂も見受けられた。最大礫径は0.91.0m程度であった。渓床勾配は14〜15度であり、これらの土砂が土石流化する可能性は否定できない。ただし、流域の荒廃状況や降水条件などを総合的に見た場合、直ちに極めて危険とは判断できなかった。ここには、蛇籠の谷止め堰堤が設置されているが、渓床堆積土砂の一部だけの流出を考えても十分な規模と構造ではないので、構造の補強と嵩上げ、他渓流では採用されている石積堰堤への改築などを提言した。

4.3 Cerro de la Corona

 粘板岩などの基岩の上に角礫岩が堆積している台地状斜面で、台地の所有者はメキシコの大手テレビ局のオーナーである。崖部を除いた頂部からすそ野までが宅地開発されており、台地上の街路の排水不良により北西斜面上端部が角礫岩内で小規模な地すべりを起こした。このすべり面末端部の未固結岩塊が崩壊し、落石を生じて、数百m下の宅地に被害が及んだ。幸い死者は生じなかったものの、斜面は現在も滑動しており、予断が許さない状況だった。連邦政府が、応急対策として、仮の鋼製落石防止柵を設置しているが、恒久対策は市政府の責任であるとのことである。建築士でもある市のVillarreal都市開発局長が提案している鋼製落石防止杭に対する構造上の改善点と、小規模地すべりに対応するための排水工を提案した。しかし、工事は原則として土地所有者の責任であり、その同意が必要であるために数回にわたり合同の現地調査や説明会を設定したが、所有者本人の出席は得られなかった。

5.おわりに

 メキシコ北東部は、経済的に豊かで生活レベルは極めて高く、特に州都モンテレイ都市圏のサンペドロG.G.市は中米のビバリーヒルズと呼ばれ、多くの富裕層が居住する裕福な自治体となっている。そのため、良好な景観や自然環境を求めて、山麓斜面を高級住宅用宅地として開発する動きが目立つ。このような情勢の下、山地の人為的荒廃が進行し、土砂流出防備や災害防止上、放置できない状況が生じている。しかしながら、メキシコの固有な社会体制、社会通念、法体系、経済状況のもとで、日本のような砂防が行われる情勢にはない。ただし、高額納税者でもあるサンペドロG.G.市民の大勢は、経費が高くても安全が確保される日本的な砂防技術の導入を望んでおり、今後の市の対応に期待する声が多かった。この意味でも、今回の現地調査への参加と、防災セミナーでの講演・話題提供や有識者・住民との意見交換が地域の方々と関係者一同に役立ったことを願っている。

 今回の調査で大変お世話になったヌエボレオン州立自治大学森林科学部(連邦天然環境資源省兼任)のIsrael Cantú Silva博士、サンペドロG.G.Alejandro Páez Aragón市長、同市都市開発局Juan Barragán Villarreal局長、Jorge Garza Esparza環境部長、Nancy Lozano広報課長、Humberto技師及びその他の皆さんに記して感謝いたします。