2005年7月10日の日田市上津江町の災害

2005/7/26: 7/20版の標高などに誤りがありましたので、訂正しております位置図などはもう少しお待ちください。

九州大学大学院 農学研究院 森林保全学研究室 

 

 

日田市上津江町(旧上津江村)上野田では、山腹崩壊起源の土石流が発生し、3名の人名が失われた。崩壊は標高約570580mの山腹で発生し、そのまま土石流化し、おおよそ400m程度流下して人家に到達したと見られる。被災家屋は土石流危険渓流でもある沢の出口近くに位置し、その山側の県道は部分的に幅7m程あるが、土石流はこの家屋を押し流し、さらに比高約25m距離にして約50m下流の野田川まで達した。被災家屋は土台を残して完全に破壊され、駐車してあった大型トラックが50m下流に飛ばされており、破壊力の大きさを物語っていた(下の写真参照)。

なお上流に治山ダムがあったが、それらを乗り越えて流下した。流域の植生はスギの人工林で、周辺には昨年の台風による風倒木被害は見られなかった。

被災地点付近での流下幅は約17mで、この付近直上流の渓床勾配は約18度であった。周辺の地質は凝灰角礫岩・凝灰岩と見られ、風化して極めて脆い。上記の地形に関する数値が正しいとすれば、この崩壊・土石流の等価摩擦係数μ(流下高さ÷流下水平距離)は約0.45程度となる。この値は阿蘇山の火山灰・火砕流堆積物における崩壊よりはやや大きく、福岡県西方沖地震で発生した花崗岩地帯の崩壊と比較すると半分程度と小さい。また、2003年の大宰府災害における山腹崩壊起源土石流のμ最大で0.4程度、1999年の広島災害の土石流ではμ最大0.35程度であり、これらよりはやや大きい。このように、この災害での相対的な到達距離が、地震の場合を除き、他よりやや小さくなっているのは、地質・地形の差の他に既設治山ダムの効果があったとも考えられる。ただし、このμは上記の0.45よりも小さい可能性があり、この件に関しては今後の調査が待たれる。

 

   

土石流の供給源である山腹崩壊(写真中央やや上)      上流から見た、押し流された被災家屋(下流の川は野田川)  

 

   

被災家屋直上流の沢の出口                 基礎部のみが残った被災家屋

 

以上です。

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