Monologue

10言目:まだ何者でもない君達へ

まだ何者でもない君達へ。

すなわち4月からの浪人が決まった君達へ。
10言目のひとりごとは、そんな皆さんへのメッセージとさせていただきます。

皆さん、浪人おめでとう。

決してふざけている訳でも、皆さんをばかにしている訳でもありません。積極的に浪人を薦めている訳でもありません。10代最後の貴重な1年をもう一度受験勉強に費やすことは確かに勿体ないので、浪人しないに越したことはありません。
しかしながら、浪人時代の1年間は、皆さんを想像以上に成長させます。

これから皆さんは、この1年間で様々な感情を抱くと思います。
今はまだ実感がないかもしれませんが、4月になり同級生がキャンパスライフを始めると徐々におそってくる“そんななか自分は予備校にいる”という事実に対する劣等感とも疎外感ともいえない感情
タイトルどおり自分の身分がないことへの恐怖
現役生は部活などでまだ真面目に勉強していないが自分は丸一年あるからなんとかなるだろうという油断
本当に来年は合格できるのだろうかという焦り、、、

他にも多くのネガティブな感情を絶えず抱きながら、それでも目標があるから自分を奮い立たせて勉強する。。。

しかし、抱くのはネガティブな感情だけではありません。
「志望大学合格」という目標に対し、何の制約もなく一心不乱に向き合うことができている充実感
同じ目標に向き合っている仲間から得られる刺激(浪人時代にできた友人とはその後もつながることが意外と多かったりします。)
浪人をさせてくれた親への感謝勉強ができることへの感謝。。。
もし現役で合格していたら考えなかったであろうことに気付き、抱くこともなかっただろう感情が湧き出すかもしれません。

浪人を経験した先輩方に話を聞くと、
「二度と浪人時代に戻りたくはない」という前提はありますが、「浪人時代は充実していた」なかには「浪人は楽しかった」とまで言われる方もおられるのは、そういった、単純に成績が上がっただけでなく「人間として成長できた」という実感・経験があるからかもしれません。

ただ、勘違いしてほしくないのは、
間違いなく「全力で勉強しないと結果は出ない」ということであり、
“そしていつしか月日が経ち、気が付いたら大学に合格していた、、、”というドラマみたいなことには絶対ならない。ということです。
(そうなれば良いのに、という思いは何度もよぎるかもしませんが。)

最終的には、自分の望む結果を出せたかどうかで自分にとって良い1年だったか否かが決まってしまうかもしれませんが、いずれにしても、そういう状況に身を置くことは必ず貴重な経験となります。
それを19歳で経験できる皆さんはやはり恵まれていると思います。

読売ジャイアンツの上原浩治投手の背番号が19なのは「浪人していた19歳時代を忘れないように」という思いが込められていることは有名な話です。
皆さんにとっても、この1年間は人生のターニングポイントにもなり得る重要な1年間になると思います。
年をとって振り返った時に、誇りに思える19歳時代にしてください。
そしてその時に「19歳の自分に対して恥じることのない生き方」ができていれば人生大成功です。

皆さんにとってかけがえのない1年間になることを心からお祈りしております。
そして御縁があれば来年お会いできることを楽しみにしております。

ちなみに、私の選手時代の背番号が19なのは(以下略)

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