Monologue

27言目:批評される側であれ

数年前にミーティングで学生に話したことがある内容ですが、せっかくなのでここでも書いてみます。

こういう言葉があります。

批評家になるな。いつも批評される側にいろ。

以前ここで書いた通り、ネットやSNSの発達により、誰でも簡単に自分の意見を伝えることができる社会になりました。多くの人がネットに自分の意見をあげています。なかには、他人の言動に対し、これでもかと批評することを楽しみにしているような人もいます。

確かに、批評するのは楽しいんです。特に、他人が自分の考えと異なる言動をしている場合の批評は、自分の正義感に100%従っているので、一種の快感を覚えるものです。(自分の正義が100%正しいわけでもないのに)

気持ちは良く分かります。絶対悪いとは言えません。ただ、批評は結局、批評でしかないのです。批評では何も成し遂げられません。

一方、何かに挑戦しようとしている人は、常に批評の的になります。

学生の皆さんにとってイチロー選手は、物心ついた頃から既にメジャーリーガーだったかもしれません。ただ、メジャー挑戦をリアルタイムで知っている世代は分かると思いますが、当時はイチロー選手の挑戦に対し、少なくない批評がなされ、なかには批判もありました。

また、大谷翔平選手の二刀流挑戦は記憶に新しいでしょう。当初は、プロ野球OBの重鎮や解説者を含めた大多数の人が、悉く「無謀な挑戦だ」とか「身の程知らずだ」と彼を批判しました。

その後のイチロー選手、大谷選手の活躍は皆さんもご存知の通りです。今や、彼らを無謀だったという批評家は、ほぼいないでしょう。

皆さんももしかすると、例えば我々OB、学校の先生、など周りの大人達に小言を言われ、やる気を削がれそうになった経験があるかもしれません。自分とは無関係の、いわゆる「外野」の人間から、無責任に持論を展開されて嫌気がさしたこともあるかもしれません。

ただ、皆さんが挑戦を続ける限り、これからも必ず誰かから批評されることになります。そういうものだと割り切りましょう。

皆さんはどうか、他人を批評することだけを楽しみとする人間にならないでください。

若い皆さんは、これからも批評される側であり続けてください。

大きなことを成し遂げる人は常に誰かから批評されています。

大切なことは、野球をしているのは周りの人間ではなく、皆さん自身だということです。

進学先の大学を決めたり、就きたい職業を決めるのも、周りの人間ではなく、皆さん自身です。

批評を気にして何かを諦めるくらいなら、聞き流せば良いだけです。

逆に言えば、周りの人間は、あなたに期待や興味を持っているから批評しているのです。興味がなければ誰もあなたを批評したりしません。

明らかに間違っていることに盲信するような頑固な人であるのは、また問題ですが、「周りの人が気にしてくれて有難い」と思えるくらい強い人でありましょう。

万が一、心が折れそうになったら、冒頭の言葉を思い出してみてください。

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