(清水邦義の博士論文要旨)
Tyrosinase and 5α-Reductase Inhibitory Components from Artocarpus incisus Tree
Artocarpus incisus樹木からのチロシナーゼ及び5α-リダクターゼ阻害成分

1、研究の背景
 世界の森林面積の約40〜50%は熱帯林であり、特に熱帯多雨林は蓄積量も多く、かつ構成樹種が極めて多種多様であることを特徴としている。これらの樹種の特徴は、化学成分的に見ると微量成分である抽出成分の量的、質的な大きな変異として現れる。即ち熱帯樹木抽出成分は有用成分の宝庫であり、興味ある成分が見出される可能性が高い。しかしながら、熱帯地域の焼き畑農業に代表されるような近年の自然破壊に付随した熱帯林の減少は、人類が熱帯資源からの有用資源を見出す機会を減少させつつある。熱帯樹木の高付加価値を見出すことは、貴重な遺伝子資源の認識ひいては保存に繋がると考えれられ、緊急を要する課題である。


2、研究目的
 ある特定種に含有される特有な生理活性成分などを見出すような、単発的な生理活性の発見だけではなく、種を越えて属もしくは科にまで拡張した高付加価値の発見が、貴重な遺伝子資源の認識に繋がり、従って地球環境保存に繋がるものと考えられる。また、有用性を見過ごされ、廃棄されている遺伝子資源を再認識させることにも繋がる。
 樹木抽出物の含有成分については、近年の分析技術の向上により、微量成分に至るまで構造決定が可能となっており、その結果、莫大な情報が蓄積され、ケモタキソノミー(化学成分による植物分類)が明らかにされている。樹木の種のみならず属までに拡張した共通構造が薬理活性に関与することを明らかにすることにより、広範囲に遺伝子資源の重要性を認知させることができる。本論文では、次に示すアプローチによりケモタキソノミーと結びついた生理活性を明らかにし、熱帯樹木等に代表される貴重な遺伝子資源の潜在能力の開発を目指す。

(1)熱帯産樹木抽出成分からの生理活性成分(チロシナーゼ、5α-リダクターゼ阻害成分)の探索
 貴重な遺伝子資源であるとの認識を達成するには、人類にとって付加価値の高い生理活性を掲げることが重要である。本論文では有用な生理活性としてチロシナーゼ阻害活性及び5α-リダクターゼ阻害活性に着目し、研究を展開した。チロシナーゼとは動物、植物、微生物界に広く分布する銅酵素であり、メラニン生合成の鍵酵素である。よって、チロシナーゼ阻害剤は、白斑や黒皮症などの色素疾患の治療薬や美白化粧品の原料、食品などの褐変抑制剤、さらには病害虫駆除薬などに極めて有用である。また、5α-リダクターゼとは、男性ホルモンであるテストステロンを更に強力な男性ホルモン効果を有するジヒドロテストステロンに変換する酵素であり、この酵素活性が亢進すると、全立腺肥大症、前立腺癌、多毛症、男性型脱毛症を引き起こすことが知られており、5α-リダクターゼ阻害剤は、それら疾患の治療薬として極めて重要である。

(2)構造活性相関的視点からのケモタキソノミーによる有用遺伝子資源の選定
 ランダムスクリーニングにより得られた生理活性成分の活性発現部分構造を明らかにすることが重要である。詳細な構造活性相関により得られた知見と既に蓄積されているケモタキソノミー知見を重ね合わせ、有用な遺伝子資源を属及び科レベルに拡張し、選定する。


本論文は、二つの部分、すなわちチロシナーゼ阻害活性に着目した第1章と5α-リダクターゼ阻害活性に着目した第2章とに分かれる。本文の内容と主要な結果、及びその意義を以下に示す。


3、研究成果

 1章 チロシナーゼ阻害成分
 23種のパプアニューギニア産樹木心材抽出物からチロシナーゼ阻害活性を指標にランダムスクリーニングを行った結果、クワ科のArtocarpus incisusの心材抽出物が、未精製でありながら、既報の強力な阻害物質であるコウジ酸(IC50=8.6μM)に匹敵する程の強力な阻害活性を有することを見出した。さらに、各種クロマトグラフィーにより2種の新規化合物(19, 25)を含む7種の強力な活性成分を単離した(Fig. 1)。

興味深いことにこれらの阻害物質はFig. 1に示したように4位置換レゾルシノール構造を共通に有しておりこの骨格の寄与が推察された。そこで41種の類縁体を用いて詳細に構造活性相関を明らかにした。結果はFig. 2のように要約できる。

即ち、強力なチロシナーゼ阻害活性発現には4位置換レゾルシノール骨格を有することが重要であり、同骨格を有する阻害物質は基質結合部位に競争的に結合することによって阻害活性を発現する。しかしながら、オルソ位の水酸基と分子内水素結合可能な構造の場合や、その置換基が非常に嵩高い場合には、阻害活性は低下する。 本章で得た結果の意義は、次のようである。Fig. 2で示した条件を満たす天然物は多く報告されているが、チロシナーゼ阻害という観点からは未検討であり見過ごされているのが現状である。特に、ケモタキソノミー的見地からは4位置換レゾルシノール構造を有する天然物は、クワ科やマメ科からの単離が報告されている。即ち、チロシナーゼ阻害という観点からクワ科やマメ科の植物抽出物は極めて有用であり、貴重な遺伝子資源と認識させることが可能である。さらに、従来のコウジ酸に代表されるような銅キレート能を有する阻害物質より強力であり、また、4位置換レゾルシノール構造を有する分子の合成は容易であることから、用途に応じた多機能性分子の創製が可能であると考えられる。今後、4位置換レゾルシノール構造を中心としたチロシナーゼ阻害物質の分子設計及びクワ科やマメ科抽出物の有効利用法の開発が期待される。

2章 5α-リダクターゼ阻害成分
 パプアニューギニア産及びタイ産植物抽出物から5α-リダクターゼ阻害活性を指標にランダムスクリーニングを行った結果、クワ科のA. incisusの心材及び葉部抽出物が強力な阻害活性を有することを見出した。各種クロマトグラフィーにより活性成分を単離、同定し、構造-活性相関を検討した。結果はFig. 3のように要約できる。即ち、フラボノイドやスチルベン類などのようなポリフェノールの場合、ゲラニル基等のイソプレノイド置換基を有する場合に劇的に阻害活性が向上することを見出した。

 本章で得た結果の意義は、イソプレノイド置換ポリフェノール類が特異的に強力な5α-リダクターゼ阻害活性を有することがケモタキソノミー知見とダイレクトにリンクすることである。即ち、イソプレノイド置換ポリフェノールは、クワ科、マメ科、メギ科、スズカケノキ科、アカネ科、ミカン科に含有され、それらの抽出物に5α-リダクターゼ阻害効果が期待される。さらに、既報の5α-リダクターゼ阻害物質はステロイド型化合物であり、副作用の懸念が大きかったが、イソプレノイド置換ポリフェノール型阻害剤は、非ステロイド型であり、new typeの阻害成分である。今後、イソプレノイド置換ポリフェノール類をリード化合物とした強力な5α-リダクターゼ阻害剤の開発とともに、それらを含有する植物抽出物の有効利用法の開発が期待される。

4、まとめ
 本論文は、構造活性相関結果とケモタキソノミー的知見とを重ね合わせ、広範囲に渡る遺伝子資源の重要性を見出すことを目的とした。その結果、Artocarpus incisusの抽出物が強力なチロシナーゼ阻害活性及び5α-リダクターゼ阻害活性を有し、その活性発現には、4位置換レゾルシノール構造とイソプレノイド置換ポリフェノール構造が関与することを突き止めた。このことは、Artocarpus属植物が4位置換レゾルシノール骨格及びイソプレノイド置換基を有するというケモタキソノミー的知見と一致し、構造活性相関結果とケモタキソノミー知見を重ね合わせることの妥当性を証明している。即ち、クワ科及びマメ科の植物抽出物には強力なチロシナーゼ阻害活性が、また、クワ科、マメ科、メギ科、スズカケノキ科、アカネ科、ミカン科植物には強力な5α-リダクターゼ阻害活性が期待される。今後、それらを実験的に証明し、特に自然破壊の著しい熱帯樹木において貴重な遺伝子資源の有効利用法の開発が期待される。 また、本論文に見出された4位置換レゾルシノール構造を有するチロシナーゼ阻害物質とイソプレノイド置換ポリフェノール構造を有する5α-リダクターゼ阻害物質は、それぞれ新規リード化合物である。特に、4位置換レゾルシノール構造を有する化合物は、既報の阻害物質と比較して、最も強力な阻害剤の範疇に入ることから、4位置換レゾルシノールを中心とした、チロシナーゼ阻害剤の分子設計が期待される。また、イソプレノイド置換ポリフェノール構造を有する5α-リダクターゼ阻害剤は、従来の副作用が懸念されるステロイド型阻害剤とは異なる新種のリード化合物であり、安全性の高い強力な阻害剤への発展が期待される。


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